2026/01/10 12:27
マルセル・デュシャンが
既製品の小便器を美術館に置き、
それを《泉》と名付けたのは1917年のことでした。
「これはアートなのか?」
「ただのトイレじゃないのか?」
その問い自体を、
デュシャンは作品にしてしまった。
それを思い出しながら、
ふと考えました。
「じゃあ、トイレそのものを
浮世絵にしてしまったらどうなるんだろう?」

今回つくったのは、
トイレ全体をキャンバスにした
富嶽三十六景仕様の装飾です。
便器、タンク、フタ。
どこから見ても、波、山、道、季節。
本来は「隠す場所」「用を足すだけの場所」に、
日本美術の代表作をそのまま載せてみました。

正直、少しおかしいです。
でも、それでいいと思っています。
デュシャンがやったのも、
「高尚な場所に、くだらないものを置く」
という行為でした。
私は逆に、
いちばん生活感のある場所に、
いちばん有名な日本美術を置いてみた。

トイレで富士山を見る。
波のうねりを眺めながら用を足す。
たぶん、
「美術鑑賞」としては最低の環境です。
でも、
「生活に入り込むアート」としては、
案外ちょうどいい気もしています。

浮世絵はもともと、
庶民のための絵でした。
芝居小屋、旅、噂話、風景。
決して「飾るためだけの美術」ではなかった。
だったら、
トイレにあっても、いい。

この作品がアートかどうかは、
正直どちらでも構いません。
ただ、
トイレでちょっと笑ってもらえたら、
それで十分です。

